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東京高等裁判所 平成元年(ネ)3350号 判決 1991年1月29日

控訴人 有限会社 あつり商事

右代表者代表取締役 居附美津子

右訴訟代理人弁護士 木下良平

河本仁之

当審控訴人補助参加人 第三信用組合

右代表者代表理事 高田稔

右代訴訟代理人弁護士 吉村浩

被控訴人 松仲産業株式会社

右代表者代表取締役 馬場松雄

右訴訟代理人弁護士 田原勉

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇万三〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  第二項につき、仮執行の宣言。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示のとおり(ただし、原判決三枚目裏一一行目から次行にかけての「一億〇五〇七万八六〇〇円」の次に「のうち金二一六〇万円」を加え、同行から同四枚目表一行目にかけての「のうち金一億円」を「である金三〇〇〇万円」に、同六枚目裏二行目の「昭和六〇年」を「控訴人は武井商店に対し、昭和六〇年」に、同三行目の「である」を「を滞納していたところ、被控訴人は武井商店から右未払賃料債権金七一六万円の譲渡を受け、武井商店は、控訴人に対し、昭和六一年八月三〇日到着の書面で右債権譲渡の通知を了した」にそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  武井商店が賃貸借契約解除の意思表示をした当時、賃貸人の地位は被控訴人に移転していたのであるから、武井商店が解除権を留保して契約解除の意思表示をしたとしても、賃借人である控訴人の承諾がない以上、当該意思表示は控訴人に対して効力を生じない。

また、仮に武井商店が賃貸借契約解除の意思表示を有効にすることができたとしても、武井商店は、解除の意思表示をした直前の昭和六一年四月一九日に、控訴人に対し、未払賃料の支払いを猶予し、賃貸借契約の継続を約束していたのであるから、右契約解除の意思表示は、支払の催告を欠く上に、信義則にも反するものであって、効力を生じないものである。

二  被控訴人主張の自力救済に関する特約は、賃借人が賃貸借契約約の解除を争って明渡しを拒んでいる場合には適用されないものと解すべきであり、若し、このような場合にも適用される趣旨であるならば、公序良俗に反するものであって無効である。

三  被控訴人が昭和六一年五月一日に本件建物入口扉に鎖錠したため、控訴人による本件建物の使用が不能となった。そこで、被控訴人は、同日以降は、公平の原則から控訴人に対し約定の損害金ははもちろん、賃料相当の損害金も請求することができない。

(被控訴人の主張)

一  控訴人の主張は、いずれも争う。

二  武井商店と控訴人間の本件賃貸借契約が昭和六一年四月二八日有効に解除されたことは、控訴人を原告とし、被控訴人他一名を被告とする東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第九六九六号、同年(ワ)一七〇三八号事件及びその控訴審である昭和六三年(ネ)第三七一四号事件の判決により、平成元年八月四日確定しており、控訴人が本訴において再び本件解除の無効を主張することは訴訟法上許されない。

三  被控訴人は、被控訴人の代理人小山内篤實の了解を得た上で昭和六一年五月二日に本件建物入口扉に旋錠した。

四  本件保証金返還請求権については、補助参加人を質権者とする質権が設定されとており、質権設定者である控訴人は、質入債権である同債権を取り立てることができない。

(補動参加人らの主張)

補助参加人は、平成二年七月二四日の本件口頭弁論期日において、「本件保証金返還請求権については、補助参加人を質権者とする質権が設定されているところ、補助参加人は、質入債権である同債権について、質権設定者である控訴人が取り立てることに同意している。」と述べ、控訴人は右主張を援用した。

第三証略《省略》

理由

一  本件賃貸借契約の成立及び解除について

請求原因1(一)、(二)の事実、被控訴人が昭和六一年四月一〇日本件ビルの所有権を取得したこと、武井商店が、昭和六一年四月二八日控訴人に到達した書面により、昭和六〇年五月分以降の賃料の不払を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと、控訴人が同年三月未日の段階で少なくとも金六六〇万円の賃料を滞納していたことはいずれも当事者間に争いがない。

控訴人は、右解除の意思表示がなされた当時、本件建物の賃貸人の地位は武井商店から被控訴人に移転していたから、武井商店には解除権はなく、仮に武井商店が解除権を留保していたとしても、賃借人である控訴人の承諾がない以上、当該意思表示は控訴人に対して効力を生じないと主張する。しかしながら、《証拠省略》によると、本件ビルは、もと武井達司の所有であり、武井商店は、本件建物を武井達司から他に賃貸することの承諾を得て賃借し、これを控訴人に転貸していたこと、武井達司の死亡により、武井ひさが本件ビルの所有権を相続し、その後、被訴訟人は、武井ひさから本件ビルの所有権を取得したこと(したがって、被控訴人がこの所有権を取得しても、武井商店の賃貸人の地位は当然には被控訴人に移転しない。)、被控訴人と武井商店との間では、控訴人に対する本件賃貸借契約が解除された後、被控訴人が賃貸人の権利義務を承継することとし、このため、武井商店が解除権を留保することを合意していたことが認められ、これによれば、武井商店は転貸人の地位において本件賃貸借契約を解除したことが明らかであるから、控訴人の右主張は、いずれも理由がない。

次に、控訴人は、昭和六一年四月一九日に武井商店に対し未払賃料の内金一八九万三三二二円を支払ったことからその余の滞納賃料の支払いの猶予を得、また、武井商店との間で賃貸借契約の継続の約束をしたから、右契約解除の意思表示は、支払の催告を欠く上に、信義則に反して無効であると主張し、《証拠省略》中には、これに副う部分がある。しかしながら、本件建物の賃料が月額金六〇万円であったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、控訴人は昭和六〇年五月一日から賃料を滞納していたことが認められ、その未払額が少なくとも六六〇万円に達していたことは控訴人の自認するところであり、このことを念頭に置くと、武井商店が右一八九万三三二二円の全額を未払賃料の内金として受領したものとは認め難く、却って、《証拠省略》によれば、右一八九万三三二二円は、末払いとなっていた水道光熱費に充てるため支払われたことが認められ、未払賃料の内金の支払いを前提とする《証拠省略》は採用することができず、他に控訴人が武井商店から未払賃料の支払いの猶予を得たり、武井商店が賃貸借契約の継続の約束をしたことを認めるべき証拠はない。それ故、控訴人の右主張も理由がない。

《証拠省略》によれば、本件賃貸借契約において、被控訴人主張の無催告解除の特約がなされた事実が認められ、本件においては、右特約の効力を否定すべき特段の事情を認めるべき証拠は存在しない。

以上によれば、本件賃貸借は、昭和六一年四月二八日解除により終了したことが明らかである。

二  不法行為の成否について

被控訴人が本件建物の入口扉に錠を取付け、その後本件建物に存在した控訴人所有の動産類を搬出、処分したことは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、本件賃貸借の契約書には、賃貸借終了後、借主が本件建物内の所有物件を貸主の指定する期限内に搬出しないときは、貸主はこれを搬出保管又は処分の処置をとることができる旨の条項があること、本件賃貸借契約が解除された当時控訴人の経営していたクラブは閉店中であったこと、控訴人のもの代表取締役で実質上の経営者である小山内篤實は、昭和六一年四月三〇日、被控訴人に対し本件建物を改めて使用させてもらいたい旨の申入れをしたが、被控訴人は、これを拒否し、逆に一週間以内の明渡しを求めたこと、同年五月二日、被控訴人は、本件建物の入口扉に新たに鎖錠を取付けたうえ、同扉に本件建物及び土地は被控訴人の所有に属し、被控訴人の管理社会である東仲の承諾なくしては本件建物に立ち入ることを禁止する旨の「告」と題する掲示をしたこと、同日夜、小山内篤實が重けて被控訴人に対し本件建物を使用させてもらいたい旨懇願したことから、被控訴人は、同人に対し、即決和解をすることを条件に一〇か月程度の明渡し猶予を認める旨及び後日控訴人の代表取締役自身と話し合いをしたい旨回答したが、その後控訴人からの連絡はなく、この話は自然消滅したこと、被控訴人は、同年六月六日控訴人に到達した書面をもって、三日以内に本件建物内の控訴人所有物件を搬出して本件建物を明け渡すよう通告するとともに、控訴人がこの義務を履行しなときは、前記本件賃貸借契約の条項に基づき被控訴人において明渡しの措置をとる旨の警告をしたこと、これに対し、控訴人は、同年六月一八日、被控訴人を債務者として東京地方裁判所に、本件建物の使用占有妨害禁止の仮処分を申請したこと、被控訴人は、仮処分の申請があったことから本件建物内の物件の搬出を差し控えたが、同年九月八日右仮処分申請が却下されたので、同年一〇月一五日控訴人が同年七月一二日に本件建物でのキャバレーの廃業届を浅草保健所長に提出していることを確認し、かつ、同年一〇月二七日古物商の資格を有する株式会社東屋商会に、当該物件のうち搬出及び購入の可能なものとして会議用テーブル等二三種類一三〇点の物件の価格を見積もらせたうえ、控訴人に通告をすることなく、同年一一月二〇日これを同会社に代金一〇万三〇〇〇円で売却したうえ、同会社をして搬出させたこと、その結果、控訴人は、本件建物内の控訴人所有物件のうち売却、搬出されたものの所有権を喪失したことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の経緯及び後記検討の結果(第三項3記載のとおり)によれば、本件建物に旋錠するについて控訴人が承諾したことはなく、しかも、本件建物の内部には控訴人がクラブの営業をしていた状態のままに什器備品類が残されていたのであるから、本件建物は依然として控訴人が占有していたものであるところ、被控訴人は、控訴人に無断で本件建物に立ち入って、本件建物内に残されていた物件中搬出して売却することが可能であるもの全部を売却して搬出させ、もって控訴人の占有を排除したうえ、自ら本件建物を占有するに至ったものということができる。このような行為は、不動産に関する控訴人の占有に対する違法な侵害であり、かつ、残されていた物件についての控訴人の所有権に対する違法な侵害であることが明らかである。これらを合法的に行うには、控訴人に対する明渡し等の債務名義に基づく強制執行によることを要するものであり、被控訴人の右行為は、一私人である被控訴人が行った、債務名義に基づく強制執行に代わる行為であって、いわゆる自力執行(自力救済)に該当するといわなければならない。

ところで、前認定のように、本件賃貸借契約の契約書には、賃貸借が終了した場合につき、借主は直ちに本件建物を明け渡さなければならないものとしたうえで、借主が本件建物内の所有物件を貸主の指定する期限内に搬出しないときは、貸主は、これを搬出保管又は処分の処置をとることができる、との記載があり、これによれば、本件賃貸借契約において右内容の合意が成立したことが明らかである。そこで、この合意が存在することによって、被控訴人の前記行為が違法性を欠くものといえるかどうかについて検討する。

右合意は本件建物の明渡し自体に直接触れるものではなく、また物件の搬出を許容したことから明渡しまでも許容したものと解することは困難であるから、右合意があることによって、本件建物に関する控訴人の占有を排除した被控訴人の前示行為が控訴人の事前の承諾に基づくものということはできない。また、什器備品類の搬出、処分については、右合意は、本件建物についての控訴人の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出、処分(例えば、控訴人が任意に本件建物から退去した後における残された物件の搬出、処分)について定めたものと解するのが賃貸借契約全体の趣旨に照らして合理的であり、これを本件建物についての控訴人の占有を侵害して行う搬出、処分をも許容する趣旨の合意であると解するのは相当ではない。これが後者の場合をも包合するものであるとすれば、それは、自力執行をも許容する合意にほかならない。そして、自力執行を許容する合意は、私人による強制力の行使を許さない現行私法秩序と相容れないものであって、公序良俗に反し、無効であるといわなければならない。これに対して、前者は、控訴人の支配から離れた動産の所有権の処分に関する問題にすぎず、これを他人に委ねることに何らの妨げもないというべきである。したがって、右合意は、前者のように解する限りにおいてのみ効力を有するものと解するのが相当である。

そうすると、前説示のとおり、被控訴人による前示搬出、処分の行為は、本件建物についての控訴人の占有に対する侵害を伴って行われたものであるところ、右合意の存在によりその違法性が阻却されるものではないことが明らかである。

被控訴人は、前示売却及び搬出は、本件賃貸借契約の条項に基づくものであるうえに、その具体的な行使について慎重な方法をとったので、右行為には何らの違法性もないと主張する。しかし、右条項の存在によって自力執行である右行為が適法となるものではないことは右に説示したとおりである。また、前認定の事実経過によると、確かに、被控訴人は、控訴人の申請した仮処分が却下されるまで右行為の実行を留保し、かつ、物件の売却についても、古物商の資格を有する株式会社東屋商会に売却するなど、注意深くこれを行ったことが窺われるところであるけれでも、このことから、右行為が違法性を欠くものと解すべき何らの根拠もないというべきである。そして、各証拠を検討しても、被控訴人において、本件建物の明渡しを急がなければならない情況にあったこと認めることはできず(前記認定のとおり、被控訴人は控訴人に昭和六一年五月二日に一〇か月程度なら明渡しの猶予が可能であると提案している。)、その他、法的手段を講じないで右条項を実行しなければならない特別の事情があったと認めることもできない(なお、《証拠省略》中には、前記仮処分事件の審理中に担当裁判官が右条項を実行すればよいと示唆したとの供述部分があるが、かりにそのような事実があったとしても、本件建物の明渡しをどのような方法によって実現するかは、当事者である被控訴人の責任において処理すべき事柄であるから、右事実によって被控訴人が前示搬出及び処分に関する責任を免れるものではない。)。

そこで、右売却及び搬出により控訴人が被った損害について検討する。

前記認定のとおり、控訴人は、昭和六一年一〇月ころ会議用テーブル等二三種類一三〇点の物件を売却して搬出したが、造作その他の物件を搬出、処分したことを認めるに足りる証拠はない。なお、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は昭和六二年二月本件建物を取壊し、その結果造作、床、天井等も滅失したことが認められるが、前説示のとおり、本件建物の賃貸借契約は、昭和六一年四月二八日に解除により終了したから、控訴人は、本件建物において右造作等を利用することができなくなったものであり、しかも右造作等が本件建物における利用から離れてもなお客観的な価値を有することを認めるに足りる証拠はない。

そして、右売却及び搬出された物件についての当該処分当時の客観的な価額について検討すると、前記認定のとおり、被控訴人は、古物商の資格を有する株式会社東屋商会に代金一〇万三〇〇〇円でこれらを売却しているところ、この点に関する証拠として、甲第一号証から第五号証まで(枝番を含む。)が存在する。しかし、これらは右物件の購入当時の価格に関する見積書や領収証であり、また、この点に関する原審証人小山内篤實の証言も右書証を前提としたものに過ぎない。そうとすれば、本件建物の賃貸借契約が昭和六一年四月二八日に終了し、また、控訴人が同年七月一二日浅草保健所長に対し本件建物におけるキャバレー営業の廃業届を提出していて、これらの物件を本件建物において使用することはあり得ない状態にあったことを考慮すれば、これらの証拠によって明らかな取得、製作の価額をもってこれらの物件の当該処分当時の客観的な価額に相当するものということはできず、他に、その客観的な価額が右東屋商会への売却代金以上であったことを認めるに足りる証拠はない。そうとすれば、控訴人が被控訴人の搬出、売却処分により被った損害は、金一〇万三〇〇〇円と認定するのが相当である。

三  保証金の返還について

請求原因3(一)の事実及び本件賃貸借契約に当たり保証金について三か年で二割(三〇〇万円)を償却し、契約終了の際、延滞賃料、立替金その他借主の負担に属する債務があるときは、貸主はこれを差引き、残額を返済するとの約束がされていたことは当事者間に争いがない。そして、本件賃貸借契約が昭和六一年四月二八日、解除により終了したことは前記認定のとおりである。

そこで、保証金から控除できるものとして被控訴人が主張する各費目について検討する。

1  償却費について

保証金について三か年で二割(三〇〇万円)を償却する旨の約束があることは前記認定のとおりであり、昭和五九年七月四日から賃貸借終了日である昭和六一年四月二八日まで六六四日分の償却額を日割計算すると、金一八一万九八七八円となる。

2  未払賃料について

被控訴人は、控訴人が武井商店に対して昭和六〇年五月一日から昭和六一年四月二八日までの月額金六〇万円の割合による賃料合計金七一六万円を滞納していたと主張する。本件建物の賃料が月額金六〇万円であったことは当事者間に争いがなく、右期間中の未払額が六六〇万円存しているとの限度では、控訴人もこれを自認し、差額五六万円につき控訴人が支払ったことの立証がない(控訴人が昭和六一年四月一九日に武井商店に支払った金一八九万三三二二円は未払いとなっていた水道光熱費に充てられたことは、前認定のとおりである。)。そして、《証拠省略》によれば、被控訴人は、武井商店から右未払賃料債権金七一六万円の譲渡を受け、武井商店は、控訴人に対し、昭和六一年八月三〇日到達の書面で右債権譲渡の通知を了したことが認められる。

3  損害金について

本件賃貸借契約において、借主は賃貸借終了の翌日から明渡しに至るまで賃料の倍額の損害金を支払うとの約束がされていたことは当事者に争いがなく、本件賃貸借契約が昭和六一年四月二八日、解除により終了したことは前記認定のとおりである。

ところで、被控訴人が昭和六一年五月二日に本件建物の入口扉に錠を取付けたことは、前記認定のとおりであり、右入口扉施錠につき、《証拠省略》中には、被控訴人の主張に副い、被控訴人が本件ビルを買い受けたことを巡って暴力団の介入等不穏な事態が予想されたことから、控訴人の代理人である小山内篤實の承諾を得て実施したことの趣旨の供述部分がある。

しかし、《証拠省略》及び原審証人小山内篤實によれば、控訴人経営のクラブは、同年四月中旬に一旦休業に入った後、五月一〇日ころ再開すべく内装の変更その他の準備を進めていたこと、控訴人は、本件建物が施錠されたことに対して同年六月一八日東京地方裁判所にこれを除去すること等を求める仮処分の申請をしたことが認められ、この事実と同証人の証言に照らすと、《証拠省略》等の証拠によっては、右施錠につき控訴人側の承諾があったと認めることは到底できない。そして、右施錠の後も控訴人の本件建物に対する占有が継続したものと解すべきことは先に説示したとおりであるが、施錠された結果として、控訴人が本件建物に自由に出入りすることができない状態となったことが明らかである。

しかしながら、前認定のおとり、本件賃貸借は、同年四月二八日に解除によって終了したのであり、被控訴人は、本件建物に施錠したとはいっても、控訴人が右賃貸借の終了を前提として本件建物を明け渡すことをも妨げていたものということはできない。このことは、控訴人が同年七月ころリース業者の要望により本件建物内にあったレーザーディスクプレーヤー等を搬出するにつき、被控訴人は、控訴人のその旨の申入れを拒まなかったこと(このことは、《証拠省略》によって認められる。)からも明らかである。そうすると、控訴人は、右施錠がされた後においても本件建物を違法に占有していたことに変わりがないのであるから、被控訴人に対してこれによって生じた損害を賠償する義務がある。なお、賃貸借が終了している以上、施錠されたことにより、控訴人か賃貸借の目的に沿った利用を妨げられたことによる損害を被ったものと認める余地はない。

すでに認定、判断したところによれば、本件賃貸借は、昭和六一年四月二八日に終了し、控訴人は、翌二九日から同年一一月二〇日までの間本件建物を不法に占有したものであるから、これによって被控訴人が被った前記約定に基づく一か月金一二〇万円の割合による損害は、合計金八一二万円(四月及び一一月の分は、日割り計算による。)である。

以上によれば、控訴人が交付した保証金から控除すべき反対債権等は、償却費一八一万九一七八円、未払い賃料七一六万円及び損害金八一二万円の合計一六〇九万九一七八円である。この金額は、交付された保証金額一五〇〇万円を超えるから、控訴人は、被控訴人に対して、保証金残金の返還を求める権利を有しないことが明らかである。

四  結論

以上を総合すれば、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償金一〇万三〇〇〇円及びこれに対する本件不法行為の日以後であり、かつ、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年年五月二八日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であって棄却すべきであるから、これと異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条ただし書を各適用し、仮執行の宣言を付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橘勝治 裁判官 小川克介 南敏文)

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